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音楽で地元を盛り上げる!宮古に生まれたライブハウス

main_imageクラブカウンターアクション宮古
2012年、宮古市に建てられたライブハウスです。オープン当初から多くの有名アーティストが公演を重ねており、遠方から訪れるファンも多数。現在は、バンドの育成や、地元イベントとのコラボレーションなど、宮古に音楽を根付かせるための取り組みに力を入れています(写真左:代表の太田昭彦さん、右:統括マネージャーの田畑潤さん)

宮古を音楽でひとつに!新たな夢への挑戦

震災から3カ月後の2011年6月12日。宮古市の市場の駐車場に即席ステージが組まれていました。音楽で宮古を力づけたいと企画された「POWER STOCK IN 宮古」。宮古市内に貼られたポスターと口コミだけの告知にも関わらず、老若男女たくさんの人が集まりました。

この日のために駆けつけたアーティストたちのメッセージに、涙する人も少なくありませんでした。音楽によって、会場が、宮古が一体となっていく…。その盛り上がりを肌で感じていたのが、太田昭彦さん。後に「クラブカウンターアクション宮古」を立ち上げることになる人です。

音楽が結び付けた仲間たち

太田さんは、東京で長年バンド活動をしていました。家業の精肉店を継ぐために宮古に戻り、七輪焼肉「もりもり」をオープンさせます。震災が起こったのは、焼肉店が出来て1年後のことでした。軌道に乗ろうとしていた店舗の再建、故郷の宮古が負った大きなダメージ…。被害の大きさに呆然としている最中に、「POWER STOCK IN 宮古」が開催されたのです。

改めて音楽の力を実感した太田さんは、長年抱えていた自分の夢も思い出しました。「地元・宮古にライブハウスを作りたい――」。さまざまな問題を抱えていましたが、だからこそ、動くなら今しかない。震災後に東北で音楽活動を続けてきた「東北ライブハウス大作戦」の力を借り、太田さんは動き始めました。

太田さんの右腕として統括マネージャーを務めるのが、田畑潤さんです。東京でバンド活動をしていましたが、震災を機に盛岡に帰郷。震災前から親交があった太田さんを手伝うようになり、「参加するなら中途半端な形ではやりたくない」と宮古にも住居を探し、盛岡と宮古での移動を両立させながら取り組んでいます。

太田さん、田畑さんをはじめ、「音楽が好き」という気持ちで結び付いたメンバーたちが少しずつ集まり、ライブハウス建設の実現へと動き出していきました。仕事が終わった後に集まり、ボランティアとして駆け回る皆の姿に、太田さんは「絶対に素晴らしいライブハウスを作る」と決意を新たにしました。

左右の壁にびっしりと貼られた木札。1枚1枚に、支援者の想いが詰まっています。

左右の壁にびっしりと貼られた木札。1枚1枚に、支援者の想いが詰まっています。

木札に込められた賛同者の想いをのせて

当初は空き家になった建物を改装する予定でしたが、なかなか思うような物件が見つかりませんでした。そこで思い切って、一から建築することに。音響、照明、防音などすべてにこだわって設計を担当したのは、toeの山嵜さんです。太田さんと田畑さんの想いを汲み取り、形にしてくれました。

そうしてついに出来上がったライブハウス「クラブカウンターアクション宮古」。今では、壁には、たくさんの木札が貼られています。これは、「木札作戦」と銘打って1枚(1口)5,000円で建設にかかる費用の支援を募った際に賛同してくれた方々のお名前やメッセージが書かれたもの。2016年2月10日現在で累計1,625枚もの木札が集まりました。まさに皆で作ったライブハウス。多くの方の力と夢がライブハウスの壁となっています。
※2016年2月で振込による木札作戦への募金は終了しています。

太田さんが経営する七輪焼肉「もりもり」。ライブを終えたアーティストたちが集う場となり、店内の至るところにサインが書かれています。

太田さんが経営する七輪焼肉「もりもり」。ライブを終えたアーティストたちが集う場となり、店内の至るところにサインが書かれています。

グランドオープンは2013年8月19日と決まり、メンバーたちは夜を徹して準備を続けていました。その甲斐あって、予定よりもかなり早い12日にライブハウスが完成。すると13日に、震災前からずっと宮古に通い続けてくれていたロックバンド「BRAHMAN(ブラフマン)」が駆けつけ、プレ・オープンをすることに。宮古市長からの挨拶もありました。まだ収容人数もはっきりしていない中のステージでしたが、太田さんと田畑さんの呼びかけで集まった人たちにより、大盛況となりました。こうして「クラブカウンターアクション宮古」が生まれたのです。

地元・宮古に根付いたライブハウスに

「良いライブハウスですね」「またここで演奏したい」――クラブカウンターアクション宮古を訪れたアーティストは口々にそう言うそうです。「宮古の人たちの想いが形になった、素晴らしいライブハウスです」と太田さんは胸を張ります。

今年の宮古夏まつりの様子。屋台が立ち並び、街は夏を楽しむにぎわいに満ちていました。

今年の宮古夏まつりの様子。屋台が立ち並び、街は夏を楽しむにぎわいに満ちていました。

有名アーティストのライブを機に、遠方から宮古を訪れる人も増えました。しかし、ライブハウスの完成がゴールではありません。太田さんがいつも思い出すのは、「POWER STOCK IN 宮古」で一体となっていた地元の人たちの姿です。「ライブハウスを続けていくには、まずは地元の人に楽しんでもらう必要があります。今のお客様は、地元の人とそれ以外の人が半々くらいの状態。せっかく有名アーティストが来てくれても、チケットが完売しないこともあります。もっと宮古に音楽を根付かせていきたいですね」

宮古の音楽人口を増やそうと、田畑さんは「軽音部」を作りました。ギターを学びたいという人が集まり、週に一度練習を続けています。今年の夏は、地元の夏祭りに合わせたライブも開催しました。

商店街にて、伝統芸能も披露されていました。

商店街にて、伝統芸能も披露されていました。

7月末に開催された「宮古 夏まつり」。震災で甚大な被害を受けた宮古の街ですが、屋台が並び、浴衣を着て夏を楽しむ人たちで溢れていました。

その日に合わせてクラブカウンターアクション宮古で開催されたライブは全6組のバンドによるもの。すべて地元のバンドで構成されたアットホームなライブとなりました。

7月31日(日) ライブ「宮古夏祭り」開場前の様子。

7月31日(日) ライブ「宮古夏祭り」開場前の様子。

普段は有名なアーティストも立つステージで、プロと同じような照明を浴びながら演奏する出演者たちの想いはひとしおだったようです。とてもかっこよく、地元の方達の声援を浴びて、キラキラと輝いていました。そして、地元バンドならではのMCなど、出演者と各バンドを応援するお客さんとの楽しい時間となりました。そこには、震災で受けた悲しみなどはまったく感じられませんでした。

太田さんの10年越しの夢だった、「宮古にライブハウスを作る」。それが実現した今、次の目標は「宮古にライブハウスを根付かせる」ことです。「ライブに限らず、地元のイベントに使ってもらうことも考えています。もちろん遠方からの方も大歓迎です。お越しの際は、電話してもらえれば宿泊場所を探しますよ。敷居の高い場所にはしたくないんです」と田畑さん。「POWER STOCK IN 宮古」を越える一体感を、ここクラブカウンターアクション宮古で。太田さんと田畑さんは走り続けています。

夏祭りに合わせて開催されたライブへの出演者は、すべて地元・宮古のバンド。女性一人でのかっこいい演奏も。

夏祭りに合わせて開催されたライブへの出演者は、すべて地元・宮古のバンド。女性一人でのかっこいい演奏も。

今後もイベントやライブがたくさん開催されます。
※宮古市在住者限定無料観覧イベントなどもあります。
詳しくは、カウンターアクション宮古のホームページ(http://kcamiyako.s2.weblife.me)からご確認ください!

main_imageクラブカウンターアクション宮古
岩手県宮古市大通2丁目6-11
URL:http://kcamiyako.s2.weblife.me/

提供元:東北復興新聞 (http://www.rise-tohoku.jp/?p=14176)


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