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過去と向き合い夢を持つ -高校生が考える20年後の浪江町-

未来の浪江町のジオラマ

未来の浪江町の模型

「夢のある街にしたい。そのために僕が町長になる」。
福島西高校3年の山本幸輝君。2014年の夏に、東北の高校生向けアメリカ留学プログラムで出会った高校生の1人だ。浪江町出身の彼は今年の3月に、同じ地元出身の仲間と共に「浪江20年後の未来」という浪江町の未来のジオラマを作るイベントを開催した。

本当にやりたいこと

「浪江でツアーをしたい」。
アメリカから帰ってきてすぐに彼が語ってくれたのを覚えている。

「ツアーをすることは種をまくことだと思っています。浪江をよく知らなかった人たちがメディア越しじゃ見ることのできない浪江の姿を目にして、何かを感じて帰っていく。そして、きっとその先のアクションというか、未来に繋がっていく。だからやりたいな、そう思っていました。でも今思うとそれは『連れて行けばそれでいい』みたいな少し無責任な気持ちもあったんじゃないかなって思っています。もちろん浪江を見て欲しいという気持ちはあったけど、対象を外部の人たちにすることで浪江の人たちと向き合うことを避けていたというのもある気がします」。

浪江には受け身な人が多いと思っていた。もちろん全員が全員そうではないけれど、中には賠償金をもらったことで働かなくなってしまった人がいることも知っていた。復興に対して積極的でない人たちと向き合っていけるのか不安だった。
外部の人たちはそれとは対照的だった。自分が浪江への想いを語れば沢山の大人や友人が「協力するよ」と言ってくれた。すごく反応が良かった。だから内部の人たちじゃなくて、外部の人たちにアプローチできるツアーをしようと思っていた。
だけど同時に自分のやりたいことは本当にそれなのか、疑問にも思っていた。ツアー実施の相談をするために高校生の活動支援をしている団体Bridge For Fukushimaを訪ねた。団体のスタッフと話す中で気づいたのは、「友達を変えたい」という自分の想いだった。

思い出したのは 留学プログラム中盤のある夜のこと。福島の高校生で集まり、輪になってミーティングをした。一人一人、このプログラムにかける想いや、地元への想いを語った。震災から3年半が経っていたものの、振り返ってみると今まで自分の過去としっかり向き合ったことはなかった。浪江と本気で向き合って、自分の想いを初めて打ち明けたこの日。寮への帰り道は涙が止まらなかった。これが彼ににとっての一つの「きっかけ」だった。

そんなアメリカ留学を通して、「何かしたい」という想いが募っていった。自分はこの留学を通して行動するきっかけをもらうことができた。少しだけでも、変わることができた。でも、同じ浪江町出身の高校生の中にはまだ、自分の過去について、浪江町について、積極的に向き合うことができていない友人がいることを知っていた。自分だって、きっかけをもらって過去と向き合えていなかったら「何か行動したい」とか「浪江をこんな町にしたい」って前向きに考えることはできていなかった。だから、今度は自分が同じ高校生たちに、変わるきっかけを届けるような、そんなことがしたいのだと気付いた。

Bridge For Fukushimaのスタッフに東北で行われている復興活動の話を聞く中で、震災前の町の姿を復元する過去の模型を作るプロジェクトと、それとは別の地域で行われていた、町の未来の地図をつくるプロジェクトを知った。そして思いついたのが「浪江20年後の未来」だった。過去の模型を作る企画と未来の地図を作る企画があるなら、自分は「未来の模型」を作ろうと思った。ツアーをしたいとは言っていたけど、心の中では「何かしたいけど、何をしたらいいか分からない」そんな状態が続いていた。でもこのアイディアが出た時にはすぐに「楽しそうだからやってみたい」。そう思えた。

浪江20年後の未来

このイベントを作る中で大切にしたことがある。それは「過去と向き合い 今を知って 未来を考える」という3つの過程だ。自分はアメリカで過去と向き合って、きっかけを得ることができた。だけど、学校と家の往復で過ごす福島での毎日のなかに自分の過去と向う機会なんてどこにもなかった。
過去と向き合って初めて自分の抱えている想いや、疑問の理由を知ることができる。今と向き合って初めてそこに存在する問題を認識し、また可能性を見いだすことができる。そして未来を考えて初めて、それらを生かして行動を始めることができる。

イベントは3月21日から3日間に亘って行われた。参加者は浪江町出身の高校生10人。実際の浪江町の復興計画を役場職員から聞くことからイベントはスタートする。だけど、その復興計画はなんだかワクワクしなかった。何か面白い取り組みが企画されている訳でもないし、計画の軸になるようなアイディアもなかった。「夢」が持てない、そう思った。浪江の20年後、自分たちはどんな町でどんな生活をしているだろう。せっかく考えるのであれば夢を持ちたい。仲間と一緒にワクワクしながら町の未来を語りたい。考える浪江の未来のコンセプトは「最先端かつ浪江らしさ」にした。

イベントに参加した高校生たちと

イベントに参加した高校生たちと

「最初は意見がなかなか出ないんじゃないかって思っていました。同じ浪江町出身の友達だけど、普段学校でよく話すわけでもないし、みんながどのぐらい復興に関心があるか分からなかったから。でも、話し始めてみたら意外とみんな話すんです、すごく楽しそうに。だから、やっぱりきっかけがなかっただけだったんだなって気づくことができました」。
まずは全員で地図を書いた。20年後にはきっと今はまだない便利な乗り物が町を走っていると思う。高齢化も進んでいるだろうからそれを走らせてお年寄りも住みやすい町にしたい。実は先進的な取り組みの拠点としてJAXAを誘致したいとも考えてるんだ。元の町の思い出しながら、夢を持てる魅力的な町になるように設計していった。

「浪江の未来の地図が出来た瞬間、すごく達成感があったのを覚えています。それに、イベントが終わった後、参加した友達からLINEで『すごく楽しかった、ありがとう』っていうメッセージが届いていて、本当に嬉しかったです。気持ちが変わったって言ってくれた友達もいて、1歩踏み出すきっかけは作れたかな、って思いました」。

1人で走っていた

全国高校生マイプロジェクトアワードでのプレゼン

全国高校生マイプロジェクトアワードでのプレゼン

イベントの一週間後、行ってきた取り組みを「俺が伝える浪江町」と題して、東京で開催された全国高校生マイプロジェクトアワードというコンテストで発表した。全国各地で様々な課題解決に挑戦する高校生が一同に会し、それぞれのプロジェクトをプレゼンする大会だ。周りの高校生はチームでコンテストに出場する中、山本君は一人での出場だった。
結果は30組中 総合4位。満足のいく結果だった。
「プレゼンを終えた後、審査委員の一人に『やったことはそれだけ?』と聞かれました。他のチームはすごく長い時間プロジェクトを進めてきていて、でも自分は3日間のイベントを1度やっただけだったから。それでも4位に入賞できたのは情熱があったからじゃないかなって思っています」。

確かに「すごいこと」をしているようなチームは沢山あった。でも、情熱なら負けないと思った。もちろんボランティアだって何だって、熱い想いを持ってやっているのは同じだと思う。だけど、東北の高校生はそれ以上に「WHY」がはっきりしている。それこそ、東北の高校生のプロジェクトは自分の過去と向き合った結果生まれたアイディアだ。自分が本当に経験したこと、その「自分ごと」の問題意識の中から出てきた解決策を本気でやっている。だから、情熱では絶対負けないと思った。

「それでも、優勝はできなくて。なんでかなって考えると『“俺が”伝える浪江町』だったからじゃないかなって思います。他のチームみたいに沢山の高校生を巻き込んで、変化を生みながら、仲間を増やして進んで来たわけではなかったから。もちろんイベントは仲間と一緒に開催したけど、当日までの準備も含めて1人で走ってしまうことが多かったです。だからそれが今の自分の課題だと思っています。」

イベントの準備期間。自分は一緒に計画をしていた仲間に仕事を任せることができなかった。もちろん仲間と一緒にやることが大切だとは分かっていたけど、仲間を心から信頼して、仕事を任せることができなかった。
でも、今は「任せること」の大切さを痛感している。本当に浪江で町づくりをする時、きっとそこには沢山の役割が存在する。自分にとって不可能なことはないと思っているけど、それでも一人一人に得意不得意は必ずある。

「自分の役割は『先頭を切る』ことだと思っています。みんなの模範になるわけではないけど、新しい取り組みとか、なかなか手を出すのに勇気のいることに自分がまず取り組んでみる。最初は「すごいなぁ」っていう反応だけでも良いんです。次第にその反応が「自分もやりたい」に変わってくる。そんな役割になりたいです。」

アメリカへの留学中のある夜に彼が話してくれたことを思い出す。
「何かをする時には『やりたい』っていう気持ちと『やらなきゃいけない』っていう気持ちのどちらかがあると思う。でも、何か大きなことをするんだったら『やらなきゃいけない』の気持ちじゃきっと失敗する。『やりたい』って思う気持ちがあればきっとそれは成功する」。

「復興に取り組まなければいけない」ことはきっとほとんどの人が分かっている。だけど、自分が心から「やりたい」という想いを持って、それを行動に移している人はどれくらいいるだろう。必要なことは分かってる、でもその気持ちだけじゃみんなで一緒に復興を進めていくことはきっと難しい。「やりたい」と思うから同じ方向を向ける、「やりたい」と思うからやっていて楽しいとも思える。沢山の人たちと出会い、話し合いながら、心から楽しいと思える町づくりをして行きたい。だから自分は浪江町の町長になる、彼はそう力強く語ってくれた。

「過去と向き合う」ことからスタートした彼の1年。きっかけはさらなるきっかけを生んで、想像もしていなかったような人の繋がりができた。「今を知る」ことは浪江町の今を知ること、同じ高校生の抱える問題を知ること、そして自分に足りないことを知ることだった。「未来を考える」と夢はどんどん膨らんでいって、そこから今の自分に必要なものも見えてきた。
「この1年間は人生の中で最も長い、1年間でした。人生で1番挑戦できたし、沢山の人と出会って、今までは見えなかったものも見えるようになってきました。本当に、本当に楽しい1年間でした」。

過去と向き合って、夢が生まれた。やりたいことが増えればやらなきゃいけないことも当然増えてくる。それでも、やっぱり楽しいと思えるから前に進める。過去と向き合うことは時に辛さを伴う、それでも向き合った分だけ自分の「やりたいこと」への情熱はきっと増していく。

避難指示解除直後の浪江町の人口は約5000人だと言われている。浪江の未来を描く町づくりをしていくなら、まずはその5000人の1人1人が過去と、そして浪江町と向き合うことがきっと必要だ。しかし、だからといって今回のようなジオラマ作成を何百回もやるわけにはいけない。「やりたいこと」のために必要なことはまだまだ沢山ある。

「今は少しの間受験ですけど、大学に入ったらまたすぐ行動始めますから!」
Skype越しに聞こえる声は未来への決意とワクワクに満ちていた。

文/西村亮哉 福島県立安積高校在学中

提供元:東北復興新聞 (http://www.rise-tohoku.jp/?p=10989)


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