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地元クリエイターたちがつくる“未完成”の震災メモリアル館

main_imageせんだい3.11メモリアル交流館
津波で大きな被害を受けた、仙台市東部沿岸地域への玄関口、地下鉄東西線荒井駅に直結。震災関連の展示だけでなく、地元住民の交流スペースや、打ち合わせのためのスタジオもあり、震災の記憶を通じて人々が交流するための施設です。イベントやワークショップも随時開催しており、地元や県外から多数の人が訪れています。

沿岸部を訪れるきっかけになる場所を

仙台市は2011年11月から震災復興計画を進めてきました。その中の一つが、震災を未来へ伝えていくためのメモリアル事業です。市として、何をどのように発信していくべきなのかを検討した結果、市内2カ所に拠点を作る方針としています。一つは、仙台中心部に。東北の玄関口として、震災のあらゆる情報を収集・発信する場所です。そしてもう一つは、沿岸部に。こちらは震災をより深く知り、学ぶ場所です。

建築学部出身の柳谷さんは、交流館の立ち上げに際して自らもさまざまなアイデアを提案してきました。

建築学部出身の柳谷さんは、交流館の立ち上げに際して自らもさまざまなアイデアを提案してきました。

2015年12月、沿岸部の拠点となる「せんだい3.11メモリアル交流館」がオープンしました。交流館のある地下鉄東西線の荒井駅は、仙台市で震災の被害を受けた地域へ行くための起点となる場所。交流館に来ておしまい、ではなく、被災した地域に訪れるきっかけになるように、という想いが込められています。

メモリアル事業の当初から参加してきたのが、仙台市まちづくり政策局の柳谷理紗さん。「ここはあくまで『交流館』です。震災の展示を見て学ぶだけではなく、地元の方が震災前の思い出を語り合ったり、震災時のこと、またそこからの復興の様子を話したりできるような施設にしたいと企画してきました」

震災を目の当たりにした地元クリエイターたち

「交流館」というコンセプトを形にしてきたのが、仙台のクリエイターが集まった「SSDデザインチーム」です。SSD(せんだいスクールオブデザイン)は、もともと東北大学と仙台市によるクリエイティブ産業育成プロジェクトでした。クリエイターとして活躍する人たちの横のつながりを作り、仙台市ならではの創造性を実現できるのではないか、という主旨のプロジェクトです。

実際の展示やデザインを考える段になって、柳谷さんは、地元の力を結集しながら作り上げる手法がないかと悩みました。「市が作って“完成しました”と市民の皆さんに披露するのは、何か違うのでは……と思っていました。地元の人も気軽に訪れることのできる場所にしたかったので、それなら、作る段階から地元の人たちと一緒に、と」そのような経

仙台市在住のイラストレーター佐藤ジュンコさんによるイラストマップ。来館者がふせんで思い出を書き込めるようになっています。

仙台市在住のイラストレーター佐藤ジュンコさんによるイラストマップ。来館者がふせんで思い出を書き込めるようになっています。

緯で、SSDに依頼することになったのです。

 

本江さんは、仙台市震災復興メモリアル等検討委員会のメンバーとして、事業開始当初から携わってきました。

本江さんは、仙台市震災復興メモリアル等検討委員会のメンバーとして、事業開始当初から携わってきました。

SSDをとりまとめ、交流館のプロデューサーを務めたのは、東北大学で建築学を教える本江正茂さんです。デザイナー、コピーライター、フォトグラファー、さまざまな専門分野を持ったクリエイターが集まり、まずはひたすらアイデア出しの時間を重ねたそうです。「SSDのメンバーは皆、震災を目にしています。仕事として参加していますが、地元に住む一人の人間としての『想い』を全員が持っていました。仙台に住む者として、どんな場所であるべきなのか、議論を重ねました」

ずっと“未完成”の場所

この交流館には、津波の被害を直接的に伝える展示はほとんどありません。これもメンバーが話し合った末にたどり着いた結論です。「震災に対する想いや考え方は、本当に人それぞれです。1枚の津波の写真が、見る人を傷つけてしまうこともあるでしょう」と本江さん。ただし、震災の恐ろしさを後世へ伝えていかなくてはという想いもありました。そこで、そうした展示を見るかどうかは来館者自身に任せることにしたのです。津波の威力がわかる当時の映像と、ひしゃげた標識は、小窓を覗いた人にだけ見えるようにしました。

ただ、この展示方法も変わっていくはずだ、と本江さんは考えています。時が経ち、震災の記憶が薄れてきたら、もっとダイレクトに被害を伝える展示が必要になるかもしれません。「だから、この交流館はずっと“未完成”なんです」。2階にその言葉を象徴する展示があります。震災の状況を時系列に貼り出しているのですが、写真や記事はすべてマグネットになっています。人々の気持ちの変化や要望によって作り変えられるように、と考えて取った手法です。「“未完成”だと伝えることで、訪れた人にもここで何かアクションを取ってもらいたいんです。『こんな情報があるよ』『あの時はこうだった』など、震災の経験を共有でき

この小窓の奥に津波の威力がわかる映像と標識が展示されています。窓の下には、注意を促すコメントが添えてあります。

この小窓の奥に津波の威力がわかる映像と標識が展示されています。窓の下には、注意を促すコメントが添えてあります。

る場になればと願っています」

 

壁一面の写真、記事がすべてマグネットになっています。

壁一面の写真、記事がすべてマグネットになっています。

まずは地域の人に愛される場所に

「町はなくなってしまったけれど、ここに模型があってよかった――」柳谷さんは一人の女性の言葉が耳に残っています。女性は夫と子どもと共に訪れていました。地元の人たちと一緒に、細かな町並みまで作り込んだ模型を前に、その女性は話していました。生まれ育った町を震災当時婚約者だった夫に見せることができなくて残念だと思っていたけれど、ここで夫に見せることができ、どんな町だったのか伝えることができたと。普段はしまい込んでいる、地元や震災に対する想いを口にできる場所でありたい、という想いが柳谷さんの中で一層強まりました。

荒浜の町の模型は、神戸大学のみなさんを中心に地元の方々の元へ持参して細かいところまで再現したもの。住んでいた家や、思い出の場所にはコメントが書き込まれています。

荒浜の町の模型は、神戸大学のみなさんを中心に地元の方々の元へ持参して細かいところまで再現したもの。住んでいた家や、思い出の場所にはコメントが書き込まれています。

仙台市沿岸は、400年前にも津波の被害がありました。これから何百年か先にもまた津波が来ると言われています。震災の記憶を語り継ぐことは、数百年後の未来の人々の命を守ることにもつながります。人々の気持ち、復興の状況によって、交流館は刻々と姿を変えていくでしょう。だからせんだい3.11メモリアル交流館は、永遠に“未完成”なのです。

地図のある地点にタブレットをかざすと、現在の360度の画像を見ることができます。この地図とタブレットにもNTTドコモの寄付金が活用されています。

地図のある地点にタブレットをかざすと、現在の360度の画像を見ることができます。この地図とタブレットにもNTTドコモの寄付金が活用されています。

311円の積み重ねが完成の後押しに

せんだい3.11メモリアル交流館には、ドコモも深く関わっています。今回3.11メモリアル交流館を構築するにあたり、2012年度からドコモおよびグループ社員を対象に行ってきた「東北応援社員募金」の一部が活用されております。「東北応援社員募金」とは賛同した社員1人の給与から「3月11日を忘れない」の意味を込めて毎月311円を募金として集め、会社からの募金を上乗せして寄付するものです。2015年度は、約1万人の社員が参加しています。

main_imageせんだい3.11メモリアル交流館
宮城県仙台市若林区荒井字沓形85−4
(仙台駅から荒井駅行きで13分)
URL:http://sendai311-memorial.jp/
記事提供:NTTdocomo「笑顔の架け橋Rainbowプロジェクト」

提供元:東北復興新聞 (http://www.rise-tohoku.jp/?p=14043)


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