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かまぼこに託す、感謝と未来への想い

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株式会社 佐々直
大正5年創業、今年100周年を迎える仙台市のかまぼこ屋です。看板商品の「手のひら蒲鉾」は笹かまぼこのルーツともいわれています。震災で生産拠点にしていた工場を失うも、その後およそ1カ月半で休止していた工場を復旧させ、生産を再開させました。「おとうふかまぼこ」や「牛たんかまぼこ」など、さまざまな種類を取りそろえています。

三代続くかまぼこ店に、スピード復旧の裏側を聞きに行く

仙台市太白区にある佐々直本店。店舗右奥には製造ラインがあり、外から見学も可能。

仙台市太白区にある佐々直本店。店舗右奥には製造ラインがあり、外から見学も可能。

看板商品の「手のひら蒲鉾」。一つ一つ職人が手で叩いてつくる。

看板商品の「手のひら蒲鉾」。一つ一つ職人が手で叩いてつくる。

宮城県名取市の閖上(ゆりあげ)地区には、地震発生からおよそ1時間後に津波が到達しました。壊滅状態となったこの地区に、かまぼこ店「佐々直(ささなお)」の本店と工場がありました。

震災で本店と主力の拠点工場を失った佐々直でしたが、なんと翌月から生産を再開します。スピーディーな復旧の裏では、どんな経営判断がなされていたのでしょうか。社長の佐々木直哉さんと、ご子息で専務の佐々木市哉さんを訪ねました。

失業保険の1年間がタイムリミット

早急な製造体制の再建をはかったいきさつを話す、株式会社佐々直 代表取締役社長の佐々木直哉さん。

早急な製造体制の再建をはかったいきさつを話す、株式会社佐々直 代表取締役社長の佐々木直哉さん。

佐々直は大正5年の創業とされ、直哉さんで三代目。手で叩いて、炭火で焼く「手のひら蒲鉾」が看板商品です。

直哉さんが震災後すぐに決断したことは2つあります。ひとつは、従業員全員の解雇。もうひとつが、工場の復旧作業です。なぜ、従業員を「全員解雇」したのか。その理由を、直哉さんはこう語ります。

「とにかく早く失業保険をもらった方がいい、と思いました。もちろん、工場が再開したときは順次、再雇用することが前提ですが。苦しい決断でしたが、全社員が苦しい状況で『あなたとあなただけ残って』なんて言えなかったですね。それに、実際会社が立ち直れるかわからない状況の中、仕事がない無給のような状態で縛るより、フリーで失業保険をもらった方がいい。当時、失業保険の期間は1年だったので、何としても次の3月までに生産を再開させて従業員を迎え入れようと思いました」

休止中の工場を9日間で再開させた

「手のひら蒲鉾」の作り方を話す、専務の佐々木市哉さん。作業ができる箇所から製造環境を整え、工場を再開させました。

「手のひら蒲鉾」の作り方を話す、専務の佐々木市哉さん。作業ができる箇所から製造環境を整え、工場を再開させました。

本店や拠点工場は失ってしまいましたが、1店だけ、津波の被害を逃れた店舗がありました。それが、本店から約5キロ離れた場所にある、国道4号線 中田バイパスの「バイパス店」。バイパス店には、休止中ではあったものの工場が併設されていました。拠点工場とは違い、設備は最小限。それでも、動かせるとしたらこの場所しかありません。

「使っていなかったので、中はぼろぼろ。床を張り替え、足りていない機械を取り寄せ、少しずつ環境を整えていきました」(市哉さん)

「動き始めたのが早かったおかげで、機械はすぐに搬入できました。包装機や包装フィルムも確保できたのはラッキーでしたね。製造できても包装できなければ売れませんから」(直哉さん)

迅速な行動により、工場の床工事を始めてから9日目には製造を開始することができました。正式な営業再開は2011年4月25日。東京-仙台間の新幹線復旧に間に合わせたのです。

直接出会っていなくても、感謝の気持ちを伝えたい

「感謝の笹かま」のパッケージ。販売期間は半年間だったが、その後もご進物としてリクエストがあれば個別に対応しているそう。現在は仙台空港で販売中。

「感謝の笹かま」のパッケージ。販売期間は半年間だったが、その後もご進物としてリクエストがあれば個別に対応しているそう。現在は仙台空港で販売中。

2011年4月中に見事製造を再開させた佐々直。工場の再稼働という目下の課題をクリアしたときに、頭に浮かんだのは「感謝の気持ちを伝える商品」でした。

「沿岸地域を中心に、たくさんのボランティアの方が支援にきてくれました。全国から応援してくれた方々に、なんとか感謝の気持ちを伝えられないだろうか、と考えました」と市哉さん。わずか1カ月半で再稼働を果たした佐々直は、すべて自力で作業してきました。ボランティアと直接の関わりはありません。それなのに一体なぜ? すると、こんな言葉が返ってきました。

「むしろ、われわれは自分たちのことしか考えられなかった。困っている人々を助けに行ったり、手を差し伸べたりすることができなかったんです。そこに、全国からボランティアに来てくれた人たちがいた。もちろん、遠くから支援してくれる人たちも含めて、そういった人々に『ありがとう』と伝えたかったんです」

工場を再開したとはいえ、バイパス店の工場は小規模で、新しい商品を製造する余裕はありませんでした。そんなときに見つかったのが、その年の年明けから企画していた「メッセージ付き」のパッケージ。もともとは母の日に向けて用意していたもので、デザインはほとんど完成していました。デザインをアレンジすれば、すぐに販売できます。こうして「ありがとう」を伝える「感謝の笹かま」が誕生しました。

創業100年が、新たなスタート

かまぼこは串に刺し、立てた状態で焼かれる。こうすることで、網目がつかず、きれいな焼き色に仕上がる。

かまぼこは串に刺し、立てた状態で焼かれる。こうすることで、網目がつかず、きれいな焼き色に仕上がる。

震災から5年が経ち、現在、生産量は被災前の8割、売上は9割以上戻ってきているといいます。佐々直は、「おとうふかまぼこ」や「牛たんかまぼこ」など、笹かまぼこ以外の商品も売りの一つでした。そうしたラインナップも復活させることができたそう。そして迎えた2016年は、創業100周年の記念すべき年です。

「売上が戻ったとはいっても、その質が以前とは違います。原料の高騰もあって、利益率は下がっています。この5年は、すべてがなくなった状態から生産ラインを取り戻すことだけを考えてきました。でも、今後はそのやり方をもう一度ゼロから作り直さないといけない。昔の商品もほぼ出そろったので、本当の新商品をつくりたいですね。創業100年だからと喜んでいる余裕はありません。次の100年に向けて、ここからがスタート」(市哉さん)

「それが一番大きい課題だねえ」と直哉さん。その大きな課題を引き継ぐ市哉さんは、気持ちを引き締めるように、組んでいた両手に力を入れていました。

このようなお話を聞いた後、現在の主力工場を見学させてもらいました。真っ白な材料の塊が、みるみるかまぼこの姿になっていく様子に一同興奮。特別にいただいた作りたてのかまぼこは、まだ温かく、つやつやしていて、練り物というより魚を炙ったような新鮮な香りがしました。

従業員を思い、顔も知らぬボランティアの人々のことを思い、かまぼこを作り続けてきた佐々直の次の100年が、あたたかいものであるようにと祈らずにはいられません。

串を抜かれ、完成間近。焼きたてはほんのりと魚の匂いがします。

串を抜かれ、完成間近。焼きたてはほんのりと魚の匂いがします。

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株式会社 佐々直
〒981-1103宮城県仙台市太白区中田町字清水15-1
URL:http://sasanao.co.jp
記事提供:NTTdocomo「笑顔の架け橋Rainbowプロジェクト」

提供元:東北復興新聞 (http://www.rise-tohoku.jp/?p=13653)


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